鹿児島地方裁判所 昭和63年(ワ)738号 判決 1991年5月31日
原告
尾本治德
原告
尾本治男
右両名訴訟代理人弁護士
松下良成
被告
協業組合ユニカラー
右代表者代表理事
鈴木重光
右訴訟代理人弁護士
向和典
主文
一 原告らが被告に対し、いずれも雇用契約上の権利を有することを確認する。
二 被告は、原告尾本治德に対し一か月金一七万八一五六円を同尾本治男に対し一か月金一七万八八三四円を、いずれも昭和六三年一〇月から毎月五日限り支払え。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
四 この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
主文同旨
第二事案の概要
本件は、原告らが被告に対し、懲戒解雇が無効であるとして、雇用契約上の権利を有することの確認及び解雇前の平均給与相当額の支払を求めている事案である。
一 争いのない事実
1 被告は、中小企業団体の組織に関する法律に基づいて、印刷の全工程を全面的に協業すべく昭和五二年一月一日設立された協業組合である。
2 原告らは、いずれも被告設立当時から従業員として雇用され、昭和六三年八月一日当時、原告尾本治德(以下「原告治德」という)。は営業係長の、また、同尾本治男(以下「原告治男」という。)は管理課長の各地位にあった。
3 被告は原告らに対し、昭和六三年八月一日、就業規則七三条四、一一、一三、二四の各号により懲戒解雇する旨の通告を行った(以下「本件解雇」という。)。
4 昭和六三年五月から七月までの平均月額給与(通勤手当等を除いた手取額)は、原告治德が一七万八一五六円、同治男が一七万八八三四円であり、被告においては、前月分の給与を当月五日に支給することになっている。
二 争点
1 被告は、本件解雇は左記(一)ないし(三)記載の懲戒解雇事由に基づくものであると主張し、原告は、右解雇事由は存在しないとして、本件解雇は無効であると主張する。
(一) 昭和六三年六月下旬から七月下旬にかけて、原告治德は、少なくとも五、六回、被告事務所の会議室において、当時の鈴木泰男(以下「鈴木」という。)理事長に対し、「ユニカラーが先になした増資減資は違法であり、違法な増資減資を指導した神園税理士は許せない。」「神園税理士は理事長と親戚になるので共同して不正をするおそれがある。」「神園税理士の上に公認会計士をつけろ。」などと申し向け、かつ、同月以降は原告治男も、原告治德の右言動に同調して同原告とともに被告事務所において、神園税理士解任要求及び増資減資分の原状回復要求を鈴木に迫ったばかりか、同人及び岩重三人(以下「三人」という。)専務理事によってかかる要求自体が従業員の立場を越えていること及び格別神園税理士が違法行為を行っているわけでもないことを説得され、かつ増資減資分の原状回復申入れがなされたにもかかわらず、原告らはこれらを無視ないし拒絶して、執拗に鈴木の辞任を迫った(懲戒解雇事由を定めた就業規則七三条四号「上司の指示命令に従わず職場の秩序を乱した時」に該当)。
(二) 原告らは、同年五月二九日に実兄の尾本治郎(以下「治郎」という。)理事及び従業員である軸屋熊市(以下「軸屋」という。)とともに被告事務所へ侵入し、勝手に鈴木及び前村一徳(以下「前村」という。)総務課長の机の中を捜索するなどして組合の事業計画文書や経理文書等を無断でコピーして持ち出し、その一部を税務署及び全国中小企業団体中央会等に流布するなどの企業秘密漏泄行為を行った(同条一一号「職務上知り得た会社の重要な秘密を社外に洩らし、又は洩らそうとした時」に該当)。
(三) 原告らは、同月二八日ころから同年七月上旬ころにかけて、被告の取引先約二五社及び被告の従業員に対し、「ユニカラーの鈴木理事長は約一〇〇〇万円ほど組合の金を横領して明日にでも警察に捕まる予定である。」「ユニカラーは理事会議事録を偽造したり、組合員総会も開かれていないのに開かれたようにごまかして増資をしたり、臨時総会招集の通知もしないで執行部の一部だけで勝手に減資を実行したりするなど、運営がでたらめだ。」「ユニカラーは借金も多すぎるから自分達で一旦つぶし、あとは尾本四兄弟で経営していく。」「鈴木理事長は無能だ。」などと、組合の経営に関することを故意に歪曲しあるいは全く虚偽の事実をでっち上げて、文書あるいは口頭で流布宣伝し、もって会社業務に重大な悪影響を及ぼした(同条一三号「会社の経営に関する事を故意に歪曲して流布宣伝をし、会社業務に重大な悪影響を及ぼした時」及び一九号「風紀びん乱等によって職場規律を乱した時」に該当)。
2 原告らは、「本件解雇は、被告理事会の決定を経ておらず、労働基準監督署による解雇予告除外認定もなされていない点で、手続的にも無効である。」と主張する。
第三争点に対する判断
一 本件解雇に至る経緯
前示争いのない事実及び証拠(<証拠略>の全趣旨)によれば、以下の各事実が認められる。
1 被告は、印刷業の全面協業を目的として昭和五二年一月一日発足した協業組合である。本件解雇当時、被告の組合員は有限会社精文社印刷(代表取締役鈴木)、有限会社尾本産業(代表取締役尾本由三郎(平成二年一月一二日死亡。以下「由三郎」という。)。以下、同社を「「尾本産業」という。)及び岩重印刷所こと三人(原告治德の妻の父)の三者であり、被告は、鈴木を理事長、三人を専務理事、治郎(由三郎の二男)を理事とする執行部により運営されていた。
2 原告らは、被告の発足時からの従業員であるとともに、組合員である尾本産業の出資者でもあった。なお、原告治德は由三郎の四男、同治男は同じく五男であり、尾本産業は由三郎及びその親族らが出資経営するいわゆる同族会社である。
3 発足時以降昭和六三年五月ころまでの間、被告は、各組合員の代表で執行部を構成して運営され、経営上の主導権争い等を原因とする組合員間の紛争が、表立って生じたことはなかった。
4 ところが、同月二〇日ころ、被告において、同月一九日に開催されたとする臨時総会の議事録が作成され、その中に従業員である中村企画こと中村吉朗(以下「中村」という。)を新たに組合員として加入させることを議決した旨の記載があったことから、尾本産業側は、右臨時総会は正規の招集手続きがされていない違法なものであり、また、事業者でない中村を組合員にすることは法令上許されないとして反発した。そして、尾本産業は、由三郎の三男の尾本治人(尾本産業の出資者であり、また、昭和五二年一月一日から同五四年五月三一日まで被告の専務理事を務めていた。以下「治人」という。)を同社の代理人に選出し、右問題についての被告執行部との折衝に当らせることとした。
5 昭和六三年五月二五日、治人は被告事務所を訪れ、鈴木に対し右臨時総会の議決内容について詰問したが、鈴木は具体的な回答をしなかった。
6 翌二六日、尾本産業及び治郎の代理人の松下良成弁護士(以下「松下弁護士」という。)は、鈴木に対し、右臨時総会の招集手続きが尾本産業になされていないこと及び右議事録末尾の理事の署名押印が本人の知らない間に作出されていることを指摘して、今後の善処方を求める旨の内容証明郵便を送付した。
7 同月二八日、被告の通常総会が、協業組合の指導監督機関である鹿児島県中小企業団体中央会の担当者同席のうえで開催され、尾本産業側から右臨時総会について疑問が出たものの、具体的な議決や合意には至らなかった。
8 翌二九日(日曜日)、原告らは、治人から「鈴木、三人及び前村が中村企画のことについて帳簿を改ざんするおそれがあるから、会社へ行ってみてくれ。」と指示され、治郎及び軸屋とともに被告事務所へ向かった。そして右四名は、鈴木や前村の机の中を調べるなどして事務所内を捜索したが、その際前村の机のそばから「日活(被告の仕入先)支払全部した。そうしないと帳面がおかしい(イラッタ(「操作した」意)ことはすぐわかる)。」などと記された鈴木作成のメモを発見したことから、脱税等の不正行為に鈴木が関与していることの証拠ではないかと考え、その場でこれをコピーした(なお、右コピーはその後尾本産業側によって税務署へ渡され、被告は、同年七月三一日付けで昭和六二年度分の所得の修正申告をしている。)。
9 昭和六三年五月下旬、三人は、一連のトラブルの解決を図るべく、実弟の岩重和義(以下「和義」という。)及びその子の岩重昌勝(以下「昌勝」という。)に対し、尾本産業との仲介を依頼した。そこで和義と昌勝は、同年六月二日に三人の娘むこである原告治德と、また翌三日には治人とそれぞれ話し合いの機会をもったが、解決に向けての具体的進展はなかった。
10 翌四日、松下弁護士は鈴木に対し、再び内容証明郵便を送付した。その内容は、<1>被告が昭和六〇年に行った増資及び翌六一年に行った減資がいずれも鈴木の独断でなされており、その際の臨時総会議事録がねつ造されていること<2>昭和六三年五月一九日の前記臨時総会の招集通知はなされておらず、そこで議決したとされる中村の組合加入は法律上許されないものであり、しかも右臨時総会の議事録がねつ造されていること<3>昭和六一年以降の総会について招集通知が出されていないこと<4>中村に対する帳簿のつけ方に疑問があることを指摘し、鈴木に対し、理事長不適格者として理事の辞任を求めるものであった。
11 これに対し、同月七日被告は、鈴木と三人の連名で松下弁護士に対し、右臨時総会の議決を無効にする用意があること、議事録末尾の理事の署名押印については、従来の慣行として他の理事もしくは従業員がこれを代行していたのであって、右議事録もこの方法で作成されたものであることを釈明した内容証明郵便を送付した。
12 翌八日、被告事務所において、再び前記鹿児島県中小企業団体中央会の担当者も交えた話し合いが行われ、尾本産業側からは治人、治郎及び松下弁護士が出席した。席上治人作成にかかる現在の問題点を羅列した書面が提示され、協議が行われた結果、最終的には問題点を双方誠意をもって話し合っていくことで合意し、話し合い解決の方向づけがなされた。
13 同月一八日、被告は、鈴木と三人の連名で松下弁護士に対し、右10の内容証明郵便に対する回答として、同弁護士が指摘した問題点を理事会で検討し、時間をかけて解決する旨の内容証明郵便を送付した。
14 さらに鈴木と三人は、同月二二、三日ころ、尾本産業に宛てて、諸問題点に対する二人の考え方を回答し、同年五月一九日開催の臨時総会での議決事項の全面撤回及び中村の組合加入の断念を表明した。
15 また、同じころ三人は、被告事務所の会議室において、娘むこの原告治德に、解決へ向けての治人との仲介を依頼し、さらに、尾本産業から提起されていた問題点に関し、<1>増資減資についてはそれ以前の出資状態に戻す手続きをとること<2>中村の組合加入を撤回すること<3>被告執行部による不明朗な経理操作を指導したとして尾本産業から要求が出ていた、神園顧問税理士(鈴木の妻のいとこ)の解任については、その意思のないことなどを表明した三人作成の文書を、治人に届けてくれるよう頼んだ。そして、原告治德は、結局右仲介を引き受けて右文書を治人に渡した。しかしながら、治人は顧問税理士問題についての右回答に不服を示し、神園税理士のほかに別の公認会計士等を顧問に迎える旨の妥協案を提示したところ、鈴木と三人はこれを拒否した。このため、同年六月八日以来の話し合い解決に向けての機運はしぼみ、いったん鈴木と三人が譲歩を表明していた増資減資問題についても具体的進展のないまま、尾本産業側は鈴木及び三人の現経営体制に対する不満を再び募らせ、両者の対立は次第に激しさを増していった。
16 同年七月中旬ころ、鈴木は、原告らと治郎を被告事務所の会議室に呼び、原告らに対し依願退職するよう申し向けたところ、原告らはこれを即座に拒否し、逆に鈴木に対して「あなたこそ辞めるべきだ。」と退陣を求めた。
17 さらに、同月二三日、和義宅において、同人及び昌勝と原告治德との話し合いが行われたが、感情的なやり取りになって収拾がつかないまま終った。
18 同年八月一日の午前中、被告事務所の会議室で、三人と治郎同席のもと、鈴木は原告らに退職を要求したが拒否されたため、その場で懲戒解雇を言い渡した。そして、原告らが解雇理由を明記した書面を交付するよう求めたところ、鈴木は、「就業規則第七三条四項、一一項、一三項、二四項により」とだけ理由を付した懲戒解雇通知をその場で手書きして、原告らへ交付した。
二 争点1(一)の解雇事由について
1 この点につき、前示各事実によれば、
(一) 原告らが鈴木に対して経営批判や辞任要求を行った時期は、昭和六三年七月中旬になってからであること
(二) 原告らの右言動は、鈴木の方から原告らに依願退職を要求したのを受けて、これに対抗する形でなされたものであること
(三) 原告らと鈴木とが、互いに相手方の退職ないし退陣を求めた背景には、当時、神園税理士解任問題や増資減資問題を巡って鈴木ら執行部と尾本産業との対立が尖鋭化していたこと、尾本産業の出資者で経営者一族の一員でもある原告らとしても、尾本産業の出資者の立場と被告の従業員の立場との明確な区別もないまま、右問題について尾本産業と同一の歩調をとっていたために、鈴木らとの関係も険悪になっていたことが、強く影響していたこと
がそれぞれ認められる。
2 そして、原告らによる前示程度の言動のみでは、それが右1(三)認定の協業組合形態の企業に有勝な紛争形態の背景事情のもとでなされたという点をも考慮した場合、ただちにそれを「上司の指示命令に従わず職場の秩序を乱した」という懲戒解雇事由に該当するほどの非違行為と認めることはできない。
被告は原告らによって前示言動以外にも執拗な経営批判や辞任要求が行われた旨主張するが、これを認めるに足りる的確な客観的証拠はない。
三 争点1(二)の解雇事由について
1 この点につき、前示認定によれば、原告らが休日の被告事務所内で他人の机の中を調べるなどの捜索行為を敢行し、その際発見したメモのコピーが、脱税の証拠物件として尾本産業側から税務当局へ提供されたという事実を認めることができる。
2 しかしながら、
(一) 懲戒解雇事由としての秘密洩泄行為は、企業の存立にかかわる重要な社内機密や開発技術等の企業秘密を、その対象にしていると解せられるところ、原告らが外部へ持ち出したのは前記メモ一枚のみであり、これが「職務上知り得た会社の重要な秘密」として懲戒解雇の対象になるほどの法的保護を受けるとは考え難いこと
(二) 右メモの記載内容は、脱税等を目的とした不正な経理操作の存在を一応推測させるものであり、結局被告は当該年度の所得につき修正申告を余儀なくされていること
を考慮すれば、原告らの前記行為は、捜索方法の相当性はさておき、懲戒解雇事由としての秘密洩泄に該当するようなものとは認められない。
被告は、右メモ以外にも多数の書類が原告らによって持ち出されており、また、税務当局以外にも流布されている旨主張し、鈴木の供述中にはこれに副う部分も存在するが、右部分は客観的裏付を欠いており採用しがたい。
四 争点1(三)の解雇事由について
1 被告主張のうち、取引先約二五社に対する誹謗中傷については、鈴木及び三人の各供述中にこれに副う部分が一応存在するものの、右部分は、原告らが行ったとする誹謗中傷の相手方、時期、方法等についての具体性がほとんどないのみならず、その一部について時期や方法に関し返還を来していて、到底採用できず、他にこれを認めるに足りる的確な客観的証拠はない。
2 また、従業員に対する誹謗中傷については、昭和六三年五月二九日の前後一、二週間くらいの日に、原告治男が、従業員の川野良一と比良春已を自宅に呼んで、「理事長は変なことをしている。」旨話したこと、また、軸屋に対しても同様の話をしたことが、それぞれ認められる。
しかしながら、原告治男による右言動の相手方は右三名にとどまること、具体的内容も右程度にすぎないこと、更に当時の被告執行部と尾本産業との間の前示対立状況や尾本産業の一員としての原告治男の立場等を考慮すれば、これらが、「会社業務に重大な影響を及ぼす」もしくは「職場規律を乱す」重大な非違行為に該当し、ただちに懲戒解雇を正当とするほどの悪質なものとはいえない。
そして、この他にも原告治男によって従業員に誹謗中傷がなされたこと及び同治德によって従業員に何らかの誹謗中傷がなされたことを認めるに足りる的確な証拠はない。
五 結論
以上検討したところによれば、被告主張の懲戒解雇に相当すべき各事実は、その大部分についてこれを認めるに足りる具体的立証がなされておらず、また一応認められる事実も、従業員に対する最も重い懲戒である懲戒解雇を正当化するほどの重大な非違行為に該当するものではないと判断できる。したがって、その余の点を判断するまでもなく、本件解雇は無効である。
そうすると、本訴請求はいずれも理由がある。
(裁判長裁判官 宮良允通 裁判官 原田保孝 裁判官 手塚稔)